| 山頂を越える集団 |
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このレースは、UCI3のカテゴリーで、日本で行われる大会の中でもっともレベルの高いレースである。 シマノチームは、狩野・鈴木・野寺・廣瀬、そして私(今西)の5名が参加。私にとっては、これが現役最後のレースであり、有終の美を飾るべく、気合をいれて臨んだ。 参加チームは、海外からの一流トレードチーム6チームと日本国内の9チームであった。またその中には、現在UCIランキング1位、ジロ・デ・イタリアの今年度の覇者であるクネゴ選手(サエコ)もエントリーされていた。 その影響もあってか、例年のジャパンカップとは比べ物にならないほどの観衆が、コース最大の難所である古賀志林道の上りを埋め尽くしていた。後の公式発表では、5万人の観客であったようだ。 コースは、勾配のある上りを含む14.1kmを10周+10kmの151.1kmで争われた。
レースは、10時にスタートであったが、その10分前に皆さんの計らいにより、私(今西)の引退セレモニーが行われた。チームメイトや関係者から花束を受け取り、感慨ひとしおであった。 この場を借りて、お礼申し上げます。 |
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10時にレースはスタート。毎年、日本人選手が早々にアタックを仕掛ける為、外国人選手がかなり警戒し、前方を固めている。しかし最初の古賀志林道の上り中腹で、アタックが掛かり12人の先頭集団ができあがった。ここには、日本人選手9人と外国人選手3名が入ったが、シマノからはあえて誰も送り込まなかった。シマノとしては、大本命であるクネゴ(サエコ)の動きに合わせてレースを進めようと考えていたからだ。その12人は、橋川選手(CCDキナン)、三船選手・石田選手・中川選手(ミヤタスバル)、岡崎選手・広瀬選手(Nippo)、鈴木選手(YOU CAN)、新保選手(愛三)、福島康司選手(BSアンカー)、ゴメス選手(ソニエルデュバス)、シュミット選手(サエコ)、フルスマン選手(クイックステップ)であった。 予想通り、メイン集団は敢えて追う動きはみせず、1周終了時点で、約1分の差がついている。2周終了時点には、さらにひろがり2分30秒の差がついた。 例年なら、後続集団はまだまだ追う動きを見せないのだが、この大会の成績いかんで、UCIポイント1位がかかっているクネゴ選手(サエコ)が、チームメイトに指示を出し、いいペースで集団を引き始めた。決して速いペースではないが、一定のきれいなペースを保ち、4周目には1分30秒にまで縮まる。 先頭集団では、岡崎選手(Nippo)や福島選手(BSアンカー)、橋川選手(CCDキナン)が積極的な動きを見せているようだ。一方、外国人選手には、積極的に逃げを決めようという動きはない。その動きもあってか、先頭集団はばらけ始め、7周目には6人になり、差も1分を切ってしまう。 こうなると、徐々にメイン集団の動きも忙しくなってくる。もうそろそろ勝負に絡む動きが出てもおかしくない。私は、徐々に集団内でポジションを前方に上げていく。しかし前方では4人のサエコ、その後ろにソニエルデュバルが4人というように、隊列を組んでいて、なかなか入れてもらえない。 8周目の古賀志林道に入る直前、メイン集団からBSアンカーの隊列が、エース福島晋一選手を前に上げる為にアタックを仕掛けた。そのまま福島選手は1人で飛出し、山頂で先頭集団に追い付き、下りに突入するが、しばらくして集団に吸収され、レースは振り出しに戻る。 残り約40km。ここからが本当の戦いになる。集団前方では、サエコが前を固め、今までとは明らかに違うペースで引き始める。集団は、縦に伸びて行く。私は、前方に位置しようとサエコの後ろに陣取るソニエルデュバルの間に割り込もうとするが、やはり入れてくれない。しかし、ここでポジションを下げてしまうと、古賀志林道前の激坂区間である、「鶴」で苦しくなってしまう。私は、無理矢理、並走するかたちで、その「鶴」まで粘る事とする。しかし、かなり辛い。 そしてサエコのチェレスティノ選手が、勢い良く引く集団は、その勝負所の「鶴」に突入。ここで、私は一気に集団の前に上がる。うまく前から5番手で下りに入り、そしてスタート・ゴール地点へ。 ここまでは、作戦通りである、あとはこの後始まるであろう、クネゴ選手のアタックにどこまで着いていけるかだ。そして古賀志林道の上りに突入。スピードはかなり速い。先頭で仕事を終えたチェレスティーノ選手が下がってくる。と、同時に2番手につけていたサエコの選手が強烈にスピードアップ。 私は、たまらず切れてしまう。先頭はサエコ3人にシンケビッツ選手(クイックステップ)、とランプレの選手が着いてるのみ。後方からは、狩野と鈴木を含む選手が前を追いスピードを上げる。後ろもバラバラのようだ。 |
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前を見ると鈴木も苦しそうに喘いでいる。しかし、狩野の姿は無い、なんとか前に追い付いていれば良いのだが。 私は、野寺と共に頂上をクリアして数人で下りに突入。下り終えて数人で前を追い、しばらくして鈴木を含む数人を吸収。前には10人程が行ってるようで、視界には捕えられるが、じわじわと差がひらき、見えなくなってしまう。どうやら狩野は、唯一日本人として先頭集団に残っているようだ。こうなったら、狩野の健闘を祈るしかない。彼以外は、クネゴ選手・シュミット選手・ベルタニュリ選手のサエコ3人、シンケビッツ選手・タンキンク選手のクイックステップ2人、クインツァート選手・ピノッティ選手のランプレ2人、コボ選手・イェーカー選手のソニエルデュバルの2人、という堂々たる合計10名だ。 我々の第2集団は、後方から数人が追い付き15名ほどになる。その中には、シマノは、野寺、鈴木、と私(今西)の3人が入る。 先頭集団は、10名とまとまったかたちでスタートゴール地点を通過。狩野も必死で食らい付いているようだ。第2集団と差は、約1分にまでひらいている。 そして残る15kmを切った「鶴」の地点で先頭集団に動きが出始める。クネゴ選手のアシストであるサエコの残る2人が強烈にペースを上げ始める。これにより集団は、半分に分裂。先頭は、クネゴ選手、シュミット選手、シンケビッツ選手、ベルタニョッリ選手、クインツァート選手の5人に絞られる。狩野は後ろの5人に入ってしまう。 前の5人は、そのまま最後の古賀志林道の上りに突入。そこからクネゴ選手がアタック。単独で頂上を越えるが、シンケビッツ選手だけが下りで追い付き、勝負は2人に絞られる。 最後は、2人のゴールスプリントとなり、シンケビッツ選手がクネゴ選手を抑えて優勝。昨年2位の屈辱を跳ね返した。 狩野は、そのまま健闘し10位とUCIポイント獲得圏内でゴール。一方、第2集団では、野寺と鈴木のアシストを受けて、私は13位でゴールすることができた。 そして、ゴール後も皆さんの「お疲れさま」という声を掛けて頂き、素晴らしい最後のレースになったと感謝をしています。 |
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