| 鈴木、完走果たせず |
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我々の本年の目標であった、4年に1度のビッグイベント「オリンピック」が開催された。 日本からは、4月の選考会で切符を手に入れた我がチームの鈴木真理、そしてブリヂストンアンカーの田代恭崇選手の2名が出場した。他の外国勢は、ツール・ド・フランスやワールドカップで活躍する一流選手ばかりで、日本人選手にとっては、完走というのがひとつの目標の目安であった。
コースは、アテネの中心街で、歴史的建造物であるアクロポリスやリカビトスの丘を使う、いわゆるアテネの観光スポットを巡るような素晴らしい設定であった。日本でいうと東京のど真ん中に設置されたコースといった感じか。聞くところによると、ロードレースは、オリンピックの初日に行われるので、全世界にTV中継されることで、大会側がアテネの町をアピールしたかった為、こういう設定になったそうだ。
コースの難易度としては、高低差は約100m程と、低いが、途中のリカビトスの丘は10%を超える激坂区間、アクロポリスでは登り勾配は緩いが石畳区間があり、また気温も35度近くなるというコンディションのなか、ハードなレース展開が予想された。
気温が上がり始める12時45分、オムニア広場を43カ国144名の選手がスタートした。スタート後、アテネの街中の直角コーナーが続く。2km地点で、いきなり落車が発生。数名の選手が巻き込まれ、その中には、世界チャンピオンであるスペインのAstarloaも巻き込まれ、リタイアを余儀なくされてしまう。その直後9名のエスケープグループができ、メイン集団に数秒の差をつけ、我々の居たピット前を通り抜けた。 メイン集団では、鈴木・田代の両選手の元気な姿を確認できた。鈴木は、アテネに来る前に、オーバートレーニングにより膝を故障していただけに、心配していたが、まだまだ大丈夫のようであった。
2周目に入り、集団は一体化し、緩やかなスピードで進み、前方では、ドイツやスペインの選手などが集団をコントロールしているのが見え「まだまだ序盤」と言う雰囲気が漂う。 しかし、3周目に入り、この平和な集団から今年のパリ・ルーベ優勝者のBackstedt(スウェーデン)が単独で飛出す。残りの距離を考えて、誰も彼を追う事はしない。
4周目には、集団に2分差をつける。集団の前方では、イタリアやドイツが一定ペースで引き、差を広がりすぎないようにしている。 そして差が3分にまで開いた5周目に、たまらず集団からツール・ド・フランスの山岳賞のVirenque(フランス)が単独で飛出し、先頭のBackstedtを追う。さらに遅れてBodrogi(ハンガリー)も飛出して行く。
7周目には、Backstedtから2分半でVirenqueとBodrogi、4分で集団という形になる。集団に居る鈴木は、少し疲れが見え始め、登り区間では、常に集団の後方にポジションを下げてしまう。 そしてとうとう8周目のリカトビスの丘で集団から遅れてしまい、頂上で30秒の差をつけられ単独走行となってしまった。やはり膝の状態が良くなく、9周目のスタート地点に戻ってきたところで、レースを終えてしまった。本当に残念な結果になってしまった。直前までは、計画通りに調子を上げていただけに、膝の故障が悔やまれた。
一方、レースは、9周目に入り、逃げていた3人が一つになり、後続集団に2分の差を保っている。集団前方では前回のシドニーオリンピック優勝者Ullrichを擁するドイツやスプリンターが数名居るオーストラリアがリードしている。しかし、まだまだ本気、といった感は無いが、さらに上昇した気温も手伝い、徐々に力の無い選手が脱落していく。そんな中、日本の田代選手は集団の中で健闘している。
そして10周目、とうとう先頭の3人は集団に吸収され、レースは振り出しに戻り、ここから本当のレースが始まっていく。毎周回ごとに、リカトビスの丘でアタックが繰り返されるも、長い下り区間などで追い付かれ、逃げができても、なかなか成功することはない。残り5周を切りさらに激しい動きが出始め、6名のエスケープグループが出来上がる。メンバーは、Moreni(イタリア)、Etxebarria(ベネズェラ)、Elmiger(スイス)、McEwen(オーストラリア)、Power(アイルランド)、Cox(南アフリカ)である。この6人は、集団に最大1分の差を広げるものの、14周目には、その差25秒となり、15周目には捕まってしまう。
ここからさらにアタックが激しく掛かり、スピードはますます上がり、その周のリカトビスの丘で、今まで頑張っていた田代選手がとうとう脱落してしまう。メイン集団も50名前後に減ってしまう。丘を下った後の石畳区間でも更に攻防が繰り広げられ、4名のエスケープグループができる。
しかし、その4名も16周目(残り2周)、勝負所のリカトビスの丘に入る前に吸収され、集団は再び一体化。丘に入ると大本命であるBettini(イタリア)がアタック。これに着けたのは、無名のSergio(ポルトガル)ただ1人。この2人は、順調に先頭交代を繰り返し、メイン集団に約30秒の差をつけ、スタートゴール地点に戻ってきた。残る1周、メイン集団では、オランダやカザフスタンの選手が抜け出しを試みようとするが、イタリアチームがすべてブロックする。
2人は、最後のリカトビスの丘でもさらにスピードを上げ、50秒の差をつける。残りの距離を考えると、完全に勝負はこの2人に絞られる。 最後は、2人のゴールスプリントとなり、スプリント力に勝るワールドカップ上位常連のBettiniが、24才の若いSergioをあっさり引き離し優勝。バルセロナ大会以来の男子ロードレース金メダルをイタリアにもたらした。3位は、最後に集団から抜け出したAxel Merckx(ベルギー)が入った。
尚、日本の田代選手は、先頭から8分51秒遅れの57位で見事完走を果たした。これは、プロ・アマオープンとなったアトランタ大会以来の日本人として初の快挙である。
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