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2004 全日本選手権(兼アテネオリンピック選考会)
2004/04/30
静岡県修善寺 日本サイクルスポーツセンター 8kmサーキット
シマノ参加メンバー
今西尚志・阿部良之・狩野智也・鈴木真理・野寺秀徳・廣瀬佳正・大内薫・山本雅道・土井雪広
鈴木が念願のアテネ切符を手中に!
いよいよこの日がやってきた。本年の最大の目標であり、4年に1度のオリンピックの出場権が掛かったレースである。現在、男子・個人ロードレースに対して日本は2つの枠があり、この大会の上位2名がその枠を手に入れることができる。毎年、日本一を決めるこの大会は、我々のチームの目標であるが、今年はアテネ切符が掛かっているだけに、さらに強い思い入れを持って臨んだ。コースは、静岡の日本サイクルスポーツセンターの8kmサーキットを22周する176kmで争われた。ここは、上りと下りしかないとてもハードな設定で、レース時間が5時間を越える、4年に一度のオリンピック選考会にふさわしいサバイバルなレース展開が予想された。
スタート直後
AM11:00前、昨年のランキングによって出場権を与えられた98名がスタートラインについた。やはりいつものレースとはまるで違う光景である。スタート地点は、多くの応援に駆けつけた人々、またテレビカメラや報道陣で埋め尽くされていた。改めてこの大会の重要さを知らされる思いがし、身がさらに引き締まった。

シマノとしては、是が非でもアテネの切符を手に入れたい、できればそれも2枚とも。作戦としては、アジア選手権を制した鈴木、そして山岳で力を発揮する狩野の2枚看板を中心でレースを作ることにした。そこでライバルとなるのが、フランスを拠点に活動しているアンカーチームだ。その中でも、昨年の全日本チャンピオン・福島(晋一)選手、そして田代選手、この2人が要注意人物である。

そして11時、号砲が鳴らされ、この長丁場の戦いに選手が一斉に飛び出していった。

このコース、以前ツアー・オブ・ジャパンなどで使用されたことがあるが、距離は最長で130km程度。このコースで176kmは未開の距離で、誰もがその距離に恐怖さえ感じていた。1周目の終盤、シマノ・阿部のアタックを皮切りに7名の先頭集団が出来上がる。ここには、注意しなければならないアンカーの福島(康二)選手が入ってしまう。彼は逃げを得意とする選手で、昨年のこの大会でも同様に序盤から逃げられ、苦戦したからである。その7名の集団も4周目に入り、阿部・福島(康)・藤田(oldnew)・西谷(ラビエール)の4名と人数が減り、集団との差は1分30秒となる。メイン集団は、完全にお見合い状態になり、ペースが極端に遅くなってしまう。シマノとしては、差が極端に開くのを避けて、土井・廣瀬・大内が集団を引き、極端に差が開かないようにコントロールする。
2周目早くも先頭集団を形成先頭
2周目先頭を追う集団
5周目に入り、逃げに選手を送り込んでいないチームが、しびれを切らし、徐々に動き出してくる。そして、三浦選手(キナン)のアタックで、橋川選手(キナン)・新保選手(愛三)・清水選手(アンカー)、そしてシマノ・廣瀬の5名の追撃集団が出来上がる。先頭4名、それを追って1分半差で5名、そして約30秒差でメイン集団という構図だ。しかし、先頭から西谷選手・藤田選手、また追撃集団から清水選手が遅れ始める。まもなくして廣瀬の入った追撃集団は、先頭の2名を吸収し、6名の先頭集団ができあがる。シマノとしては、ライバル・アンカーチーム1名に対し、2名を送り込んでいるため、有利な展開となる。一方、不利とみたアンカーチームは、まず先頭から遅れてきた藤田選手(彼は、元オリンピック代表で、当時アンカーチームに所属し、今はブリヂストンの社員である)が協力し、メイン集団を引っ張り始める。藤田が力尽きると、水谷選手・別府選手(共にアンカー)らが中心となり集団を引っ張り始める。そして10周目の14%の激坂区間に入り、スピードの上がった集団から、福島晋一選手(アンカー)がアタックを開始。このアタックにより集団も半分ほどの20名程度になり、シマノは、前半に集団を引っ張った大内が遅れてしまう。

この動きで、先頭の6名とメイン集団の差は1分半にまで縮まる。しかしまだこの時点では、レースの半分も終えていない、集団は再びお見合い状態になり、次の周には先頭と集団の差は2分半にまで再びひろがる。やはり先の距離を考え、皆、慎重になっているようだ。一方、先頭集団では、ここまで逃げ続けた選手に疲れが見え始める。まず新保選手が遅れ、三浦選手もパンクのトラブルに見舞われ、ペースが乱れてしまう。しかし、シマノ・阿部と廣瀬はまだまだ余裕がありそうだ。
先頭集団を積極的に引く阿部
先頭は4人となる。阿部には余裕が感じられた
しかし、15周目に入りその廣瀬も先頭から脱落し、阿部、福島(康) 選手、橋川選手の3名になり、集団との差は徐々に縮まり始める。14名の第2集団には、シマノは、鈴木・狩野・野寺・今西・山本の5名に対し、アンカーは田代選手・福島選手の2名で、シマノは数的には圧倒的に有利な展開になる。そして17周目に入り、山本がさらに集団を細分化しようと心臓破りの坂でスピードを上げる。これにより先頭の3人との差が一気に縮まり、18周目のスタートゴール地点では、10数秒の差になり、とうとう集団は一体化する。すると、すかさず最後の力を振り絞って阿部が捨て身のアタックで、スピードを上げる。それが終わると、今度は心臓破りで今西がアタックを仕掛けるが、これに合わせ田代選手がカウンターアタックを掛ける。これにより集団は一気にバラバラになる。これに福島(晋) 選手・狩野・今西が反応。この4名で、2号橋からの長い上りに差し掛かるが、予想外に鈴木が遅れたことにより、狩野・今西は、積極的に先頭を引かないようにする。まもなくして、野寺と真鍋選手(ミヤタ)が追いつき先頭は6名となり19周目に突入する。
後続の集団の人数も減ってくる
入れ替わった先頭集団
19周目には、その6名は牽制状態となり、遅れていた阿部も追いついてくる。さらに20周目のスタート・ゴール地点では、驚異的な粘りを見せ、鈴木も福島(康) 選手と共に追いついてくる。これにより9名の先頭集団にシマノは、鈴木・野寺・狩野・今西・阿部・鈴木の6名が入り数的には、さらに有利になる。しかしこれを嫌った田代選手が、心臓破りの坂で渾身のアタックを掛ける。しかし、ここまで彼をマークしていた狩野も反応できない。ここで、シマノとしては、協力して前を追いたいところだが、皆、疲労が激しくペースが上がらない。
一方、田代選手はどんどんペースを上げ、単独で21周目に突入の時点で後続に約1分の差をつける。悲しいが、もうこの時点で勝負は決まってしまった。田代選手に置き去りにされた第2集団は、シマノが鈴木・野寺・狩野・今西の4名、それにアンカーの福島(晋) 選手、ミヤタの真鍋選手の6名に減る。

こうなるともう一つの枠である2位には、是が非でもシマノの選手が取らないといけない。平坦コースのレースだと、数的に有利なシマノが順番にアタックを仕掛け、福島選手、真鍋選手を引き離すことは比較的容易のはずだが、ここはアップダウンのコースだけに、チームメイトのアタックが、裏目に出る可能性がある。それは、特に余裕が感じられる福島選手にとって、下手にペースを上げると彼に優位に働く可能性があるからだ。それにゴール勝負では圧倒的な力を持つエース鈴木も、ここに来て脚の痙攣が始まり、集団についていくのが目一杯の状態になっていた。シマノとしては、なんとかして最後までこの鈴木を残そうと、福島選手、真鍋選手に注意しながら集団を冷静に保つ必要があった。
先頭集団でアタックがかかり苦しむ鈴木
飛び出した田代選手を追う集団
そして迎えたラスト1周、独走で走る田代選手と6名の集団は、約2分の差がついてしまっている。優勝は確実に決まってしまった。6名の集団は、最後の勝負所の坂に差し掛かると、集団を分解したい福島選手がアタック。狩野と野寺は、すぐに反応するが、真鍋選手、鈴木、今西が遅れてしまう。しかし、鈴木、真鍋選手の2人は下りきったところで追いつき5名となる。これにより、最後のチャンスをつぶされた福島選手の動きも落ち着く。最後の長い上りに差し掛かると、これまでシマノの中で一番余裕を持って走っていた狩野であったが、決着が最後のスプリントである可能性が高まった為、スプリントの得意な鈴木と野寺の力を温存すべく前に出て、安定したペースで先行を続ける。その後方では、福島選手を野寺がマークし、攻撃をさせないようにする。

その長い上りの頂上付近で、今度は、スプリントでは分が悪い真鍋選手が、最後の力を振り絞り前に出る、が、しかし決定打にはならない。5名の集団はそのまま、最後の下りを終え、最後の上りへと差し掛かる。ゴールまでは約400m。前から狩野、福島選手、野寺、真鍋選手、鈴木の順で入る。ラスト300m、真鍋選手がもう一度最後のアタックに出るが、鈴木がすぐに反応し、その後に福島選手、野寺も飛びつく。ラスト150m。真鍋選手を交わした鈴木がそのまま先行を開始。それまで苦しんできた鈴木であったが、最後は痙攣した脚のまま、力強くゴールまで加速を続け、追いすがる福島選手を振りきりゴールし、アテネの残り1枚の切符を手にした。そして、野寺も、直前で福島選手をかわし3位でゴール。
表彰 左から2位・鈴木 優勝・田代選手 3位・野寺
約5時間半にも及ぶ、アテネの切符を掛けたこれまでにない過酷なレースは幕を閉じた。
そして切符は、鈴木と、2位に約3分差をつけて素晴らしい走りをしたアンカーの田代選手が手に入れた。
レースを終えて
今回、レースとしては完全に負けてしまった。素晴らしい走りをし、圧倒的な勝利をしたアンカーの田代選手には、誰もが脱帽ものであった。フランスを拠点に活動し、世界レベルに目標設定置いて、チーム活動を行っていた成果であることは、認めざるを得ない。今後、シマノとして見習う部分が大変大きいことは間違いないだろう。

しかし、チームとして最低限の目標であった2つの切符のうち1つが取れたことは、本当に良かった。我々チームは、今年に入りこれ以上にない努力をしてきた。選考会が日本CSCのコースに決まってから、チーム一丸となり登坂力のみに絞り強化をした。合宿では、毎日7時間に及ぶ上り中心のトレーニングを行い、レースでは、春先からニュージーランドや、山の過酷なアメリカに遠征を行ってきたのである。

そういう意味で、鈴木が今回手に入れたこの切符は、選手・スタッフのみならずチームに関わって下さったすべての人みんなで手に入れたものだと思っている。関係者の皆様には、この場を借りて本当に感謝したい。
今後は、この敗北を真摯に受け止め、さらに高いレベルを目指して頑張りたいと思う。
今西尚志
鈴木真理のコメント
今回のレースは、誰もが夢見るオリンピック代表をかけた大事なレースであった。昨年12月からチームは、休み無しで練習してきた。皆、「オリンピックへ行きたい」という思いで。
自分自身、今までこんなに緊張したレースは無かった。一週間前から緊張で寝れない日々が続いた。レース当日は、緊張で涙が出てくる。チームの皆もレース前、緊張と気合でがちがちだった。
レースは、シマノ全員にチャンスがあった中、僕をアシストしてくれたチームメイトに本当に感謝したい、ありがとう。
皆で勝ち取ったオリンピック。シマノレーシング代表として精一杯がんばってきたい。
応援してくださった、会社の方々をはじめ、関係者の皆様に本当に感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。
レポート・シマノレーシング今西尚志
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